いつまでも仕事が終わらない― スコープクリープしてませんか?

1.最悪なプロジェクトとは何か
最悪なプロジェクトの一つとして、スコープクリープが発生しているプロジェクトがあります。スコープクリープとは、オートマチック車がブレーキを離すとじわりじわりと進む様に、じわりじわりと要件が広がっていき成果物が増えていく現象です。
私は過去2回出会いました。ある基幹系システムの運用プロジェクトと、あるスクラッチ開発プロジェクトです。
2.メンバーの善意がもたらしたクリープ
ある基幹系システムの運用プロジェクトは、プロジェクトメンバーの士気も高く良いプロジェクトの様に見えました。ある日、顧客から運用改善に取り組む様に発注を受けた彼らは、自分たちが行っている運用作業を見直し、その作業を実施する理由を確認し、どうすれば作業が簡略化するかを議論する様になりました。そもそも彼らはサービスメニューで定義された運用作業を繰り返すことに不満が有り、色々とアイディアを温めていたのです。彼らはそのアイディアを協議し、いくつか取り組み、工数削減に寄与できることできました。
上記だけだと良い話に聞こえますが、内情は異なりました。
まずプロジェクトメンバーに、運用改善の目的や目標が正確に伝わっていませんでした。プロジェクトメンバーは自由に発想し検討していたため、かなり大掛かりな(かつ効果の薄い)運用改善案が複数走っていました。また別の運用改善を担当していたチームでは既に一定の効果が見られていたものの、担当者が更なる改善を求め改修を続けていました。彼らは望んでいた作業を実施することができましたが、プロジェクトとしては予定工数を超過しマネージャは赤字を報告することになりました。
3.顧客関係悪化がもたらしたクリープ
あるスクラッチ開発プロジェクトは品質が低く顧客からの信頼を失っていました。また仕様変更管理が実施されておらず、低品質のクレームに顧客の要求が混じり、結果スコープが広がり続けました。私は当該プロジェクトに参画し、プロジェクトを仕切り直すため仕様変更管理を協議しましたが、立て続けに発生する低品質による障害へのクレームが止まらず、また設計書が承認されていなかったことが発覚し、結果、着任後半年ほどスコープクリープを止められませんでした。
終わらない改修作業にスケジュールは日々遅延し、プロジェクトメンバーは疲弊しきっていました。何とかサービスインまで漕ぎ着けましたが、よく離職者が出なかったなと感心するほど本当にハードなプロジェクトでした。
4.スコープを守るために
スコープクリープを防ぐためには3つの手順を踏む必要が有ります。一つずつ見ていきましょう。
- ① ベースラインの確定
- ベースラインとは何か。顧客に承認されたQCDに関わる各計画書です。「顧客に承認された」が必須条件であり、顧客が承認していない設計書では仕様変更を制御することができません。まず体制図のチーム体制に従って、顧客のカウンターも決定しましょう。そしてチーム毎でドキュメントを議論し、フェーズ終了時に顧客へ承認を依頼します。顧客がベースラインを理解して承認するために、議論は定期的に実施してください。私はチーム毎の議論とプロジェクト全体の議論をそれぞれ週次で開催する様にしています。なおベースラインは必要な人が確認できる様に配置する必要が有ります。特にスケジュールベースライン(通称WBS)は、全プロジェクトメンバーの目に触れる様に工夫しましょう。大事なのは「機能一覧」です、詳細はまたいずれ。
- ② スコープの管理
- スコープを拡張するのは顧客ばかりではありません。プロジェクトメンバーも、自チームの要望により他チームのスコープを拡張しようとします。そして責任感の高いメンバーほど顧客や他チームの希望に応えようとします。そういったスコープ拡張を早期発見するためには日次会(朝会/夕会)が有効です。日次会では作業進捗をただ聞くだけでなく、異変が発生し始めていないか嗅覚を研ぎ澄まさせてください。なお日次会にて上がってきた情報を記録しておくツールが必要です。前日の記録と比較できる様に、また参加していないメンバーの目に触れることができる様に工夫ください。顧客とのスコープ管理は、CCB(変更管理委員会)の設置が一般的ですね。定期的に変更管理会議を実施し、CCBが着手承認してから作業を開始する様に注意しましょう。
- ③ 顧客/プロジェクトメンバーの理解
- 一番大事なのが③です。顧客もプロジェクトメンバーも無邪気にスコープを広げてきます。そこには多種多様な利害関係が存在し、画一的に仕様変更マニュアルを配布しただけでは浸透しません。こればかりは口酸っぱく何度も伝える必要があります。顧客や他チームから無理に依頼されたスコープ拡張は情報が上がってきやすいですが、良かれと思い実施する拡張は情報が上がってこないので本当に制御が困難です。もちろんその心意気に悪意はありません。しかしそれがスコープクリープの始まり、すなわち最悪のプロジェクトの始まりです。心を鬼にしてスコープ拡大を止めましょう。
5.なぜスコープを守るのか
顧客が希望しベンダーが改善する活動は、とても健康的に見えます。それが継続して行われているのであれば、本来は喜ばしいはずです。しかし私の経験上スコープクリープがもたらしたものは、達成感に溢れ喜ぶスタッフを横目に赤字を報告するマネージャや、ただただハードワークに疲弊しきった笑顔の無いプロジェクトメンバーでした。私は二度とスコープクリープに出会いたくありません。